暑い。暑すぎる。
関東が梅雨明け。
apple watchは36度だった。18:00時点でも35度。
天気予報は明日は名古屋で40度になるようだ。
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麻布台ヒルズにミーティングに行った。
そのときにあったファミマがお洒落だった。麻布台に来ることなんてめったにないので、やっぱり東京のファミマは違うんだなーって思った。
そしたら、テレビ番組の「ガイアの夜明け」で紹介された、いわゆるファミマの旗艦店だった。
「ガイアの夜明け」では、この旗艦店の企画からオープンするまでの道程を放送していた。この番組を見て、やっぱり特別なお店だったんだなというのを納得した。
頭の体操としてのまとめ。
2026年7月17日に成立した改正皇室典範について、成立までの経緯を確認しながら、私が問題だと考える点を整理する。
2026年7月17日、皇族数の確保を目的とした改正皇室典範が参議院本会議で可決され、成立した。主な内容は二つである。
一つ目は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるようにすることだ。これまで女性皇族は、天皇や皇族以外の男性と結婚すると皇籍を離れる仕組みだった。今回の改正により、結婚後も皇族として公務を担える道が開かれた。
二つ目は、1947年に皇籍を離れた旧宮家の男系男子の子孫を、養子として皇族に迎えられるようにすることである。養子本人には皇位継承資格を認めない一方で、その男系の男子子孫には継承資格を認める仕組みとされている。
表向きの説明は「皇族数の確保」である。しかし私は、この改正の核心はそこだけではないと考える。むしろ、女性天皇・女系天皇の議論を避けたまま、男系男子継承を制度として固定化する方向へ一歩進めたことに問題があると考える。
皇族数の減少は、以前から課題として議論されてきた。
2021年、政府の有識者会議は、女性皇族の婚姻後の身分保持と、旧宮家男系男子の養子受け入れを提言した。その後、与野党協議が進み、2026年6月には衆参両院の議長のもとで各党派による取りまとめが行われた。
2026年6月30日、政府は改正案を閣議決定し、国会に提出した。7月10日に衆議院本会議で可決され、7月17日に参議院本会議で成立した。
この経緯を見ると、会期末に向けて短期間で一気に進んだ印象がある。報道では、衆議院での実質審議がわずか約3時間だったことが指摘されている。制度の重さに比べて、国民的な議論の時間は十分だったとは言いにくい。
女性皇族が結婚後も皇族に残ること自体は、皇族数の減少への対応として理解できる。しかし、配偶者や子どもは皇族にならないとされ、女性皇族本人だけが公務の担い手として残される。
一方で、旧宮家の男系男子の養子については、本人ではなく、その男系男子子孫に皇位継承資格を認める方向だ。ここに、制度全体として男系男子継承を維持する意図が見える。
旧11宮家と現在の天皇との共通祖先は室町時代の崇光天皇までさかのぼり、36親等から38親等の隔たりがあるという国会答弁がある。600年近く前に分かれた血筋をたどってまで男系男子を探すことに、国民の納得は得られるのだろうか。
私は、この組み合わせに強い違和感がある。女性皇族には公務を担わせるが、その子どもには皇族としての地位を認めない。他方で、旧宮家の男系男子の血筋には将来の継承資格を開く。これは「皇族数の確保」という説明だけでは足りないと思う。
世論調査では、女性天皇を容認する意見は長く多数派とされてきた。女系天皇についても、一定の支持がある。それにもかかわらず、今回の改正では女性天皇・女系天皇の是非が正面から議論されなかった。
憲法第1条は、天皇の地位が「主権の存する日本国民の総意に基く」と定めている。であれば、皇位継承のあり方こそ、国民の理解と議論を前提にすべきである。
「立法府の総意」という言葉でまとめたとしても、それが国民世論と大きくずれているなら、私は総意とは呼びにくいと思う。実際、各党派協議に参加した13会派のうち5会派が反対しており、養子縁組を可能にする法整備について「急ぐ必要はない」とする回答が多数だった世論調査もある。多数派の議席で押し切ることと、国民的な合意をつくることは別である。
国会審議で「2600年の男系継承」といった神話的な言説が語られたことは大きな論点だと思う。
皇位継承の議論に歴史を持ち出すなら、神話や信念ではなく、歴史研究に基づくべきだ。日本史には、推古天皇や持統天皇など、実際に政治的役割を果たした女性天皇が存在する。
にもかかわらず、女性天皇の歴史を軽く扱い、「男系が続いてきた」という物語だけを制度の根拠にするなら、それは不誠実である。伝統を語るなら、都合のよい部分だけを切り出すのではなく、複雑な歴史をそのまま見る必要がある。
今回の改正で、女性皇族は結婚後も皇族に残れるようになる。しかし、それは権利の拡大というより、公務の担い手を確保するための制度に見える。
皇族は政治的発言を自由にできる立場ではない。当事者である女性皇族が、自分の将来や役割について公に意見を述べにくい状況がある。その中で、本人の意思がどこまで尊重されるのかが見えない。
私は、ここに人権上の問題があると感じる。皇族も生身の人間だ。制度を維持するために、個人の人生や自己決定を後回しにしてよいはずがない。
旧宮家の男系男子を養子に迎える点にも、同じような問題がある。旧宮家の方々は、1947年に皇籍を離れて以来、長く民間人として暮らしてきた。現在の皇室との血縁もかなり遠いと説明されている。その人たちを誰が、どの基準で、どの手続きで皇族に迎えるのか。本人や家族の意思はどう確認されるのか。国民はそれをどう納得するのか。こうした具体的な点が十分に見えない。
皇族になることは、単なる名誉ではない。居住や職業選択、発言の自由など、多くの制約を伴う。だからこそ、女性皇族だけでなく、養子候補とされる人たちの人権や自己決定も正面から考える必要がある。
さらに、女性皇族が皇籍を離れても公務を担うようにする「中間的な選択肢」のような発想にも注意が必要だ。一見すると本人の負担を軽くする案に見える。しかし、身分保障は外しながら公務だけは期待するのであれば、むしろ負担と圧力を残すことになる。本人のためという言葉で、公務の押し付けを続ける設計になっていないかを見なければならない。
もう一つ、私は憲法14条の問題も避けて通れないと考える。憲法14条は、門地、つまり家柄や血筋による差別を禁じている。
もちろん、皇室制度そのものが憲法上特別な位置づけを持つ制度であることは分かる。しかし、80年近く一般国民として暮らしてきた旧宮家の子孫を、血筋を理由に皇族へ迎えるという発想は、平等原則との緊張関係を生む。
しかも、先に述べたとおり、その血筋は現在の天皇から36親等から38親等も離れている。そこまで遠い血縁を根拠に、特定の人を法的に特別扱いすることが本当に妥当なのか。ここはもっと丁寧に議論されるべきだった。
戦後の憲法制定議会では、皇位継承における男女の区別については法律問題として考えてよい、という趣旨の答弁もあった。つまり、日本国憲法のもとで男系男子だけが唯一の選択肢だと決まっているわけではない。にもかかわらず、女性天皇の議論を避け、遠い男系男子の血筋を探す方向へ進むことには、制度としての無理があると思う。
私が一番引っかかっているのは、議論の進め方である。
そもそも今回の出発点は「皇族数の確保」だった。皇族が減り、公務や制度の維持が難しくなる。だから皇族の数をどう保つかを話し合う。有識者会議も、この課題に答えるために女性皇族の身分保持と旧宮家男系男子の養子という案を示したはずだ。
ところが最終的な法案では、その目的から離れたところで、皇位継承の話が入り込んだ。養子の男系男子子孫に継承資格を認めるという内容は、皇族数の確保とは別の論点である。皇位継承のあり方は、本来もっと時間をかけ、女性天皇・女系天皇の是非も含めて正面から議論すべきテーマだ。
しかもこの論点は、事前にまとめられた「立法府の総意」に明確に書かれていたわけではないと指摘されている。私はここが重大だと思う。合意した範囲が「皇族数の確保」だったのに、実際には男系男子継承を延命する仕組みまで含まれていたのなら、議論の前提がずれている。目的は数の確保だったはずが、いつの間にか継承の枠組みの話にすり替わっている。これでは、何を議論していたのかが分からなくなる。
さらに問題なのは、「静かな環境での議論」という言葉が、公開の議論を避ける理由になりかねないことだ。皇室制度を政争の具にしない配慮は必要である。しかし、だからといって国民への説明を薄くし、会期末に短時間で通してよいわけではない。
議論には筋があるべきだ。数の確保が目的なら、まず数の確保に絞って結論を出す。皇位継承のあり方は、別のテーマとして、国民に開かれた形で時間をかけて話す。その順序を踏まずに一つの法案へ詰め込んだことが、今回の進め方の一番の問題だと私は考える。
同じ日に国旗損壊罪も成立した。国旗を傷つける行為に刑罰を科す制度である。
もちろん、国旗を大切に思う人がいることは理解できる。しかし、何をもって「損壊」や「不快」と判断するのかがあいまいなまま、国家の象徴に対する扱いを刑罰で規制することには慎重であるべきだ。
私は、改正皇室典範と国旗損壊罪が会期末に相次いで成立したことに、国家的な象徴をめぐる統制を強める空気を感じる。愛国心や伝統は、刑罰や制度で上から強制するものではない。国民が自由に考え、議論できる余地があってこそ、象徴は社会の中で意味を持つはずである。
今回の改正で問われているのは、皇族数をどう確保するかだけではない。
問われているのは、象徴天皇制をこれからも維持するなら、その制度が国民主権と人権の原則に耐えられる形になっているのか、ということである。
女性皇族を公務の担い手として残す。旧宮家の男系男子の子孫に継承資格を開く。女性天皇・女系天皇の議論は先送りする。そして、一度養子縁組が動き出せば、後から制度を変えることは難しくなる。これでは、制度の都合が人間より優先されているように見える。
象徴天皇制を続けるのであれば、皇族を制度の部品のように扱ってはいけない。国民の側も、「伝統だから」「昔からそうだから」で済ませず、制度の中にいる人の尊厳を含めて議論する必要がある。
私は、今回の改正皇室典範を前向きな制度改正とは受け止めていない。
女性皇族の身分保持という一見柔らかい改革の裏で、男系男子継承を固定化する方向が強まっている。さらに、国民世論とのずれ、短い審議、「立法府の総意」と法案内容の食い違い、神話的な歴史理解、門地差別への懸念、女性皇族と養子候補者の当事者性の軽視が重なっている。
今回の改正は終着点ではない。むしろ、象徴天皇制を国民主権と人権の原則から問い直す出発点にすべきである。
皇室制度を語るとき、私たちは「伝統」だけでなく、「その制度の中で生きる人の尊厳」を見なければならない。そこを見落としたまま制度を延命させるなら、象徴天皇制そのものへの信頼を損なうことになると考える。
年齢を重ねると、政治のことが気になる。生きにくい社会になってほしくないし、なにより息子の世代が生きづらさを感じて欲しくないと思っているため。
色々と思うところがあるので、考えをまとめる。
まとめるなから、曖昧だったものを調べたりして、良い頭の体操になる。
この法律の成立を知ったとき、私は「なぜ今、刑罰まで設ける必要があるのか」と疑問に思った。国旗を燃やしたり破ったりする行為を支持したいわけではない。人を不快にする表現と、国が刑罰を科すべき行為は、分けて考える必要があると感じたからだ。
条文と国会審議を調べると、「著しく不快又は嫌悪」の基準だけでなく、ライブ配信と録画投稿の扱いなどにも曖昧な点が残っていた。何が犯罪になるのかを市民が事前に判断できるのか、表現の自由を制限するだけの必要性が示されているのかを確かめたいと思ったことが、この文章を書いた背景である。
第221回国会で「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」が可決され、2026年7月17日に成立した。国旗を「著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」で公然と損壊、除去、汚損した場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科す法律である。参議院の審議情報によると、7月18日現在、公布日と法律番号はまだ掲載されていない。施行日は公布から20日後である。
国旗を大切に思う人が、国旗を燃やしたり破ったりする場面を不快に感じるのは自然だ。しかし、その不快感だけで刑罰を正当化できるのかは、別に検討しなければならない。
最大の問題は、犯罪となる行為の境界が曖昧なことである。
法律は「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」を処罰対象としている。しかし、誰の感情を基準にするのか。実際に見た人か。それとも平均的な国民か。「著しく」とは、どの程度なのか。
第2条2項は、行為の外形や周囲の状況などを総合的に考慮すると定めている。しかし、判断材料を並べただけでは、境界は明確にならない。成立した法案の条文からは、デモで国旗を塗り替える行為、演劇で破る行為、風刺作品として加工する行為が、どこまで犯罪になるのか予測しにくいままだ。
刑罰法規には、何をすれば処罰されるのかを市民が事前に理解できる明確さが求められる。曖昧な基準は、警察や検察に広い判断余地を与える。有罪判決に至らなくても、逮捕や捜査を恐れて表現を控える萎縮効果が生じる。福岡県弁護士会も、憲法31条の罪刑法定主義に反するおそれを指摘している。福岡県弁護士会会長声明、2026年7月3日
成立したばかりの法律であり、裁判所が示した判例はまだない。以下は、法案提出者が国会審議や提出資料で示した説明に基づく例である。実際の事件では、行為の外形や場所、見ていた人の範囲などから個別に判断される。
処罰対象になり得ると説明されたのは、次のような行為である。
自治体庁舎の例を含め、これらは法案提出者が示した想定として報じられている。テレビ朝日「『国旗損壊罪』なぜ今?どんな行為が処罰対象に?」、2026年7月9日 法案提出者は、一つ目の行為が国旗損壊罪への反対を示す政治的表現であっても、構成要件には該当し得ると答弁している。ライブ配信の例は自室で行われているが、視聴者が同時に見られるため「公然と」に当たり得るという説明である。TBS「『処罰の範囲』曖昧なまま…何が罪に?」、2026年7月14日
これに対し、次のような行為は、この法律の処罰対象にならないと説明されている。
こうした対象外の例も、法案提出者が示したものとして報じられている。テレビ朝日「『国旗損壊罪』なぜ今?どんな行為が処罰対象に?」、2026年7月9日 録画映像の投稿、報道、批判的な論評、第三者による共有は、損壊行為そのものではないため対象外と説明されている。日本維新の会による衆議院内閣委員会質疑の記録、2026年7月2日 また、故意ではなく、誤って国旗を破ったり汚したりした場合は、故意のない行為を原則として罰しない刑法38条により、通常は処罰対象にならない。刑法
ただし、これらは無条件の安全基準ではない。例えば、日の丸の白地の隅に視認しにくいほど小さな文字を書く例は対象外とされたが、法案提出者は文字の大きさだけで結論は決まらないとも答弁している。読売新聞「『国旗損壊処罰法案』きょうにも参院委で採決」(ライブドアニュース転載)、2026年7月16日 具体例を増やしても、最後は「著しく不快又は嫌悪」と「社会通念」に戻るため、境界の曖昧さは残る。
法律の附則は、制度を見直す際の観点として「国旗を大切に思う国民感情」の保護を挙げている。
ここで国家が守ろうとしているのは、布や紙という物ではない。国旗を尊重すべきだという価値観である。
国旗への敬意も、国旗への批判も、国家に対する考え方の一部だ。国家が一方の感情を刑罰で保護すれば、国旗に否定的な意味を込める表現だけが不利益を受ける。これは思想・良心の自由を保障する憲法19条と、表現の自由を保障する憲法21条との間に、深刻な緊張を生じさせる。日本国憲法
第3条には、表現の自由を不当に侵害しないよう留意するとの規定がある。しかし、何が「不当」かを決める基準は示されていない。処罰の中心に「不快・嫌悪」という感情を置いたままでは、この注意規定だけで萎縮効果を取り除くことは困難である。
制定を求める側は、外国国旗の損壊を処罰する刑法92条があるのに、日本国旗を保護しないのは矛盾だと主張してきた。
しかし、二つの制度は目的が異なる。
刑法92条は「国交に関する罪」に置かれ、外国に侮辱を加える目的を要件としている。さらに、外国政府の請求がなければ起訴できない。政府も、この規定は外交作用の円滑や安全を考慮したものだと説明している。政府答弁書、2026年4月21日
これに対し、今回の法律は外交関係ではなく、国内の「国旗を大切に思う国民感情」を保護する。侮辱目的も必要ない。外国国旗と日本国旗を同じ物として比べるだけでは、刑罰を新設する根拠にはならない。
法律を作るときには、その規制を必要とする社会的な事実が求められる。これを「立法事実」と呼ぶ。とりわけ表現の自由を制限し、拘禁刑まで科す法律であれば、問題となる行為の発生件数、具体的な被害、既存法では対応できない理由などを示す必要がある。
しかし、今回の法案本文と衆議院が公表した概要には、国旗の損壊がどの程度発生し、誰にどのような被害を与えたのかを示す統計や具体例が記載されていない。法案の提出理由も、処罰規定を設ける「必要がある」と述べるだけである。国旗の損壊等の処罰に関する法律案
この批判に対し、2026年6月24日の衆議院内閣委員会で、共同提出者側は「予防的な立法事実」という表現を使った。現在の被害だけでなく、将来の事案発生を抑止するためにも法整備が必要だという説明である。ABEMA TIMES「中道議員『“予防的立法事実”? なんですか、それ?』」(ライブドアニュース転載)、2026年6月24日
しかし、「予防的立法事実」は、法律学で一般に確立した用語ではない。弁護士ドットコムの取材に答えた猪野亨弁護士は、立法事実がないという批判への反論として作られた表現だと指摘している。現に確認できる被害やデータではなく、「将来起きるかもしれない」という予測だけで刑罰を正当化できるなら、国家が規制対象を広げやすくなる。弁護士ドットコム「国旗損壊罪の“予防的立法事実”とは?」、2026年6月30日
外国国旗だけが刑法で保護されているという説明は、制度上の見た目を問題にしたものだ。国内で新たな被害が発生していることの証明にはならない。「国旗を大切に思う国民感情を傷つける」という説明も、その感情をなぜ刑罰で保護しなければならないのかという問いには答えていない。
他人の国旗を破れば、既存の器物損壊罪が成立する可能性がある。火を使って人や建物を危険にさらせば、その危険行為を規制できる。差し迫った暴力を伴う場合も同様である。
残るのは、自分が所有する国旗を、安全な場所で政治的表現として破ったり汚したりする場面だ。この行為に最大2年の拘禁刑を科すだけの立法事実は、少なくとも公表された法案資料からは確認できない。必要性が立証されないまま、刑罰だけが先に設けられた形である。
附則は、施行後3年をめどに、国旗損壊映像のインターネット利用や、損壊された国旗の公然陳列などを検討対象にしている。
現在の条文が、損壊映像の投稿や損壊済みの国旗の展示を一律に処罰するわけではない。しかし、附則は将来の規制拡大を予定し得る書き方である。記録映像、報道、芸術作品、歴史資料まで議論の対象になる可能性がある。
この法律には、処罰したい行為を減らすどころか、新しい動画企画を生む危険もある。再生数や反応を狙う配信者にとって、「どこまでなら逮捕されないか」という曖昧な境界自体が題材になるためだ。
例えば、「ライブではなく録画なら対象外か」「国旗ではなく日の丸柄の小物ならよいか」「汚れない靴で踏んだらどうか」といった検証動画が考えられる。ライブ配信と録画配信を分ける説明も、通常の配信に生じる数秒の遅延をどう扱うのかまでは明らかにしていない。成立した法案の条文 法律ぎりぎりをうたう動画が公開されれば、国旗を損壊する映像はかえって広まり、通報や捜査機関への問い合わせも増えるおそれがある。
これは、2026年7月18日時点でYouTube上の流行として確認された事実ではなく、施行前の法律の構造から予想される懸念である。ただし、国会審議でも、ライブ配信は対象になり得る一方、録画後の投稿は対象外という分かりにくさが指摘されている。日本維新の会による衆議院内閣委員会質疑の記録、2026年7月2日
なお、この法律の対象外であっても、他人の国旗を壊せば器物損壊罪が成立し得る。火の使い方や生じた危険によっては、放火罪など別の犯罪が問題になる。YouTubeも、重大な身体被害につながる危険行為や違法行為を助長するコンテンツを禁止している。YouTube「有害または危険なコンテンツに関するポリシー」 「この法律に触れない」ことは、「安全に撮影できる」「YouTubeで公開や収益化が認められる」ことを意味しない。
国旗を尊重することを市民に求める意見は、政治的主張として自由に述べられるべきだ。同時に、国旗を使って国家を批判する表現も認められなければならない。
他人の財産を壊す行為や、人を危険にさらす行為は規制できる。しかし、政治的表現が多数者を不快にすること自体を処罰理由にすべきではない。
国旗の尊厳を支えるのは、国民を処罰する力ではなく、その国の政治や社会に対する信頼である。今回の法律は、守ろうとする利益が抽象的で、犯罪の境界も曖昧だ。表現の自由に対する負担に見合う必要性が示されない限り、廃止を含む見直しが必要と考える。
毎月なんとなく払っているサブスクが、気づくと結構な額になっていた。一度きちんと棚卸ししておこうと思い、いま契約しているものを全部書き出してみた。
結論から言うと、月額の合計は24,472円。そして、その半分以上がAI関連だった。
| 項目 | 月額 | 年額 | 備考 |
|---|---|---|---|
| スポーツクラブ | 8,470円 | 42,350円 | |
| Spotify | 1,080円 | 12,960円 | |
| Amazonプライム | 410円 | 5,900円 | 1年契約を12カ月で割って算出 |
| iCloud | 150円 | 1,800円 | |
| Google One | 183円 | 2,900円 | 1年契約を12カ月で割って算出 |
| タイムズカーシェア | 880円 | 10,560円 | 利用しない月の固定費 |
| はてなブログPro | 600円 | 14,400円 | 2年契約 |
| ChatGPT Plus | 3,520円 | 42,240円 | 税込22ドル。1ドル160円で計算 |
| Claude Pro | 2,759円 | 33,107円 | 1年払い |
| Google AI Pro | 2,900円 | 34,800円 | |
| Sakana AI | 3,520円 | 42,240円 | 月額22ドル。1ドル160円で計算 |
| 合計 | 24,472円 | 243,257円 |
月額の合計は24,472円、年額にすると243,257円。年間で約24万円を払っている計算になる。書き出してみると、思っていたより多い。
今回の棚卸しで一番驚いたのが、AI関連の比率だ。
AIだけ抜き出すと、こうなる。
合計で月12,699円。サブスク全体が24,472円なので、AIだけで約52%を占めている。年額でも152,387円で、全体24万円のうちの大半がAIだ。
完全に主役が入れ替わっている。少し前まで、サブスクといえば音楽や動画、クラウドストレージが中心だった。それがいつの間にか、AIへの課金が一番大きな塊になっていた。
理由ははっきりしていて、用途ごとに使い分けているうちに増えた。
ChatGPT、Claude、Googleはそれぞれ得意分野が違う。文章、コード、調べもので「これはこっちの方が良い」と感じる場面があり、結局どれも解約できないまま残っている。Sakana AIも試したい気持ちで契約した。
一つひとつは数千円で、単体だと「まあこのくらいなら」と思える金額だ。ところが横に並べると、合計でしっかり1万円を超える。この「単体では安く見える」感覚が、AI課金のいちばん危ないところだと思う。
AI以外で大きいのはスポーツクラブの8,470円で、これは単体では最大の項目だ。使っている実感はあるので、いまのところ続けるつもりでいる。
Spotifyの1,080円も、毎日聴いているので納得感がある。一方で、タイムズカーシェアの880円は、使わない月もある固定費だ。
iCloudやGoogle Oneは数百円で、ストレージとしては必要経費の範囲。はてなブログProは2年契約で月600円なので、こちらも負担としては小さい。
棚卸ししてみて、削るならまずAIからだと感じた。金額のインパクトが大きいので、ここを整理するのが一番効く。
ただ、AIはどれも実際に使っていて、仕事や趣味の効率に直結している。単純に「高いから解約」とは決めづらい。当面は、次のあたりを基準に様子を見ようと思う。
サブスクは「契約したことすら忘れる」のが一番こわい。いまの自分に必要なものだけ残すようにしたい。
日経平均株価が史上最高値を更新し続けている。日本経済新聞の報道によると、6月22日の東京株式市場で日経平均は8日続伸し、初めて7万2000円台に乗せたという。
25日の東京株式市場で日経平均株価が3日ぶりに最高値を更新した。終値は前日比3191円(4.6%)高の7万2366円だった。手掛かりは米半導体メモリー大手マイクロン・テクノロジーの「満点以上」の決算だ。人工知能(AI)需要への不安が一掃され、再び関連銘柄に買いが広がっている。日経平均が最高値、終値3191円高 マイクロン決算「満点以上」好感 - 日本経済新聞
ニュースの数字を眺めていても、自分の生活とは少し距離がある。ただ、一つだけ実感しやすいものがある。積立NISAだ。
せっかくの節目なので、いまの積立NISAの状況を振り返ってみた。
現時点での内訳は次のとおり。「旧」は旧制度のつみたてNISAから持っている分、「新」は新NISAで積み立てている分だ。
| 区分 | 評価額 | 評価損益 | 利率 |
|---|---|---|---|
| 国内株(旧) | 662,398円 | 352,395円 | 113.67% |
| 国内株(新) | 416,993円 | 116,988円 | 39.00% |
| 海外株(旧) | 677,184円 | 367,179円 | 118.44% |
| 海外株(新) | 407,663円 | 107,662円 | 35.89% |
| バランス(旧) | 523,945円 | 213,920円 | 69.00% |
| バランス(新) | 372,939円 | 72,932円 | 24.31% |
| 日経225 | 201,185円 | 61,184円 | 43.70% |
| S&P500 | 164,537円 | 24,534円 | 17.52% |
| 国債 | 163,819円 | 23,815円 | 17.01% |
| 合計 | 3,590,663円 | 1,340,609円 | 59.58% |
合計すると、評価額は3,590,663円、評価損益は1,340,609円のプラスだった。利率は59.58%だ。
評価額から評価損益を引くと、投資元本はおよそ225万円。そこから約134万円増えているので、数字だけ見るとかなり順調だ。
表を見て一番はっきり分かるのは、「旧」の利率の高さだ。
国内株(旧)は113.67%、海外株(旧)は118.44%。評価額が元本の2倍を超えている。バランス(旧)も69.00%で、こちらも十分に伸びている。
一方で、同じ国内株でも「新」は39.00%、海外株(新)は35.89%だ。これも十分に良い数字だが、「旧」と比べると差がある。
中身が近い商品でも、持っている期間が違うだけでここまで差が出る。やっぱり積立投資は、長く持つことの影響が大きいと感じた。
今回の日経平均の最高値更新を一番素直に反映していそうなのが、日経225だ。
日経225の評価額は201,185円、評価損益は61,184円、利率は43.70%。元本は約14万円なので、こちらもかなり伸びている。
日経平均が最高値を更新したというニュースだけを見ると、どこか遠い話に感じる。でも、自分の口座で日経225の数字を見ると、急に実感が出てくる。
もちろん、これは今の相場が強いからだ。最高値圏にあるときの数字なので、今後下がれば評価損益も縮む。それでも、積み立てを続けていたことで、この上昇を少しでも受け取れたのはうれしい。
今回のきっかけは日経平均だったが、実際に一番伸びているのは海外株(旧)だった。利率は118.44%。
国内株だけでなく、海外株も持っていたことで、全体としてかなり助けられている。日本株が上がっている時期でも、海外株の存在感は大きい。
一方で、S&P500は17.52%と控えめだ。これは商品が悪いというより、積み立て始めてからの期間が短い影響が大きいのだと思う。旧制度から持っている海外株と比べると、やはり時間の差が出ている。
株式だけを見ると、どうしても利率の高いものに目が行く。ただ、国債やバランス型も持っていてよかったと思っている。
国債の利率は17.01%で、表の中では控えめだ。それでも、評価損益は23,815円のプラス。値動きが小さい分、株式が大きく下がったときの気持ちの支えになりそうだ。
バランス型も、旧制度分は69.00%、新制度分は24.31%だった。株式だけに寄せるよりも伸びは穏やかだが、全体の振れ幅を抑える役割としては悪くない。
今回あらためて数字を並べてみて、派手な売買をしなくても、淡々と積み立てて長く持つだけで数字は伸びると感じた。
特に旧制度から持っている分は、時間の力を強く感じる。買ったタイミングを細かく覚えているわけではないが、売らずに持ち続けていたことが結果につながっている。
ただし、いまの数字は相場が最高値圏にあるからこその結果でもある。日経平均が大きく上がっている以上、評価額がよく見えるのは当然だ。下がる局面が来れば、評価損益も普通に減る。
なので、今回の結果は「最高値更新時点でのスナップショット」として見ておく。調子に乗って積立額を増やしすぎたり、逆に少し下がっただけで慌てて売ったりしないようにしたい。
日経平均の最高値更新をきっかけに、自分の積立NISAを振り返ってみた。
評価額は約359万円、評価損益は約134万円のプラス。利率は59.58%だった。数字としてはかなりありがたい結果だ。
ただ、これは相場が良い時点の数字だ。これからも同じペースで増えるとは限らない。
それでも、積み立てを続けてきた効果が見えたのは素直にうれしい。これからも相場に振り回されすぎず、淡々と続けていきたい。
今日は梅酒を漬けた。
青梅が出回る時期。昨年まではふるさと納税で梅を購入していたけど、今回はヤオコーで購入した。

ブランデーで漬けようと思ったけど、昨年はあったブランデーが今年はなかったので、2 本ともホワイトリカーにした。
瓶を準備して、梅を洗って、ヘタを取って、水気を拭く。あとは梅と砂糖を瓶に入れて、お酒を注ぐ。作業としてはシンプルだけれど、ひとつずつ整えていく感じがする。
梅酒はすぐに飲めるものではないので、しばらく待つことになる。
だいたい 1 ヶ月後なので、6 月下旬には飲めるかな。
だいたい以下、1 瓶の費用。だいたい 3000 円。